「米国アマゾンが携帯電話サービス提供」噂の顛末

ビジネス

AT&T株式を保有して数年が経ちます。

AT&Tはワーナーメディアをスピンオフさせ、2022年4月にワーナーメディアとDiscoveryの統合が完了しました。これにより2021年以前は年間で約2ドルの配当を受け取っていましたが、2022年は半分の1ドルに減配となっています。

減配だけでなく株価も奮わず、ひたすら下落し続ける株価は、2023年6月2日の時点で15.21ドル。

通信業界の中で、特にAT&TとVerizonの株価は元気がないのですが、そこに冷や水を浴びせる様なニュースが出てきました。

複数のメディアが報じていますが、ニュースの出所はBloombergの2023年6月2日付記事が発端となっている模様で、噂の域を超えないのではないか、という気もします。

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アマゾンが携帯電話事業に参入?

そのニュースとは、米国アマゾンが携帯電話事業に参入というもので、概要はプライム会員向けに月10ドル程度、もしくは無料で提供。そして回線事業者はDish Networkとなるというものです。

Fire PhoneなるものでAppleやSamsungに対抗しようとして失敗した2014年。あれから十年近く経つので、そろそろ再参入なのか。

イラスト:Loose Drawing

株価への影響

この報道により、携帯電話事業者の株価が下落したのに対してDish Networkの株価は上昇、アマゾン株は動かない一日で、2023年6月2日の終値と前日からの変化率は以下の通りです。

  • DISH:7.30ドル(+16.24%)
  • AMZN:124.25ドル(+1.21%)
  • VZ:34.58ドル(-3.19%)
  • T:15.21ドル(-3.80%)
  • TMUS:131.19ドル(-5.56%)
Yahoo! Finance(灰色:DISH、黄色:AMZN、赤:VZ、青:T、ピンク:TMUS、2023年6月2日の株価推移)

ニュースの内容

様々なメディアが長文の記事を書いていて、読むのに苦労はするものの、出所が同じということもあり、枝葉は異なりこそすれ、概ね同じ内容です。それを箇条書きにしてみます。

  • アマゾンのプライム会員向けの追加サービス
  • 費用は月10ドル程度か無料
  • サービス提供事業者はDish Network
  • 関係各所は、本件について否定、もしくはノーコメント
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各社の視点

Dish Network

これが実現すると好ましい影響を受けるのは、Dish Networkと言えそうです。

CS放送事業者として事業を開始した同社は携帯電話事業に参入し、Tモバイルのプリペイド事業であるBoost Mobileを統合して第四の携帯電話事業者となりました。同社はポストペイドの携帯電話サービスにも参入しており、Boost InfiniteというブランドでAT&Tのネットワークを使ったMVNOとして展開しています。

Dish NetworkはアマゾンのAWS上に仮想化ネットワークを作り5Gネットワークを構築する計画を打ち出しています。しかし、無謀な挑戦とも言われています。2022年に5Gをサービスインしたものの、加入者を減らしているという報道もありました。

Boost InfiniteはMVNOとしてAT&Tの回線を使っていますが、Dish NetworkとAT&Tの契約では、第三者へのサービス提供は出来ないらしく、MVNOサービスをアマゾンのプライム会員向けに提供することはないと思われます。となると、5Gネットワークで提供という事になりそうです。

プリペイド携帯電話から始まっているDish Networkの加入者は低ARPUになりがちであるため、なんとかテコ入れしたいところ。アマゾンのプライム会員を取り込めれば、同社にとっては好ましい話となります。

2023年6月9日の同社の株価は6.55ドルと、6月2日の最高値の7.86ドルから17%近く下落しました。6月2日に、Dish Networkが6月中に5Gネットワーク構築のための支払いのため一部資産を売却という話が出たことによります。設備の費用が膨大な携帯電話事業を進めていくことの困難さを示唆しています。

携帯電話事業者

現在の加入者を奪われる恐れがあり、戦々恐々とならざるを得ません。

上述の通り、プライム会員限定とは言っても月10ドル程度、ましてや無料での提供となれば、使い放題プランが60-65ドルを最低ラインとしているAT&TやVerizonなどの携帯電話事業者にとっては脅威です。

指を咥えて加入者が流出していくのを眺めることが出来ないし、かといって料金の値下げも好ましいものとは言えません。実際に欧州では低価格で競合が新規参入してきたことで、既存の携帯電話事業者も値下げ競争に巻き込まれてしまっています。

アマゾン

正確なプライム会員数は分からないものの、探っていくと、米国の会員数は約1億6,000万くらいの様です。米国でのプライム会員の年会費は値上げを受けて139ドル。日本の約三倍という高額な費用です。

また、実店舗を持ち、ネット通販に後れを取っていたWalmartも、Walmart+という会員サービスを2020年から開始しています。サービス内容を見るとWalmart+にも動画配信が含まれ、似ていることもあり、アマゾンプライムの競合となってきています。

Walmart+は年間98ドル(月払いは12.95ドル)とプライムの年会費より40ドル近く安く、ネットスーパーの配送費無料のための最低購入価格も35ドルと、アマゾンプライムの150ドルよりも大幅に低い価格です。

アマゾンは今後もプライム会員数の成長を見込んでいると言っても、昨今の物価高に追い打ちをかけるプライム年会費の値上げ。低価格の類似サービス登場となると安泰ではありません。

参入の可能性は低いという見方も

携帯電話事業の参入は、アマゾンにとってはプライム会員数の成長と囲い込みが望めます。そして、Dish Networkにとっては加入者の大幅増が見込めます。価格競争に陥ってしまうかもしれないという点は、さて置いておいても、この話はあり得そうです。

一方で、可能性はかなり低いという見方もでています。Barron’sの記事によると、SVB MoffettNathanson社の金融アナリストは以下の点から可能性の低さを指摘しているとのことです。

  • 現在の139ドルの年会費では携帯電話事業まで賄えず、回線契約が付いたら240ドルは課金する必要がある
  • 携帯電話事業に参入するとFCCの規制対象になるため、顧客/加入者管理の難易度やリスクが上がる
  • Dish Networkのサービスエリアが狭い上に、ニューヨーク、シカゴ、ロスアンゼルスなどの大都市を網羅していない
  • サービスエリアの広いAT&Tの回線をMVNOとして使っているDishに再販を認めていないし、認めるつもりもないと思われる

アマゾンのプライム会員向けに販売

2023年7月26日にDish Networkが運営しているBoost Infiniteがアマゾンプライム会員向けに回線の販売をする提携をしたと、ロイターが報じています。

プライム会員は、無制限プランのSIMキットを月額25ドルで契約できるというものです。この無制限プランでは、通話、テキスト(SMSやメールと思われます)およびデータが無制限で利用可能です。

Boost InfiniteはAT&Tのネットワークを使ったMVNOで、第三者へのサービス提供が出来ません。Dish Networkは販売経路と加入者となりうる顧客基盤をこのような形で手に入れることになります。

また、月額25ドルという価格は米国では格安で、既存の事業者への価格競争を誘発する可能性が早くも目されています。25ドルがどれくらい安いかというと、Verizonの無制限プランは月額60ドルなので、プライム会員向けには半値以下で提供されることになります。

何が起きるかは誰にも分からない

「複数の会社の思惑が混在するアマゾンの携帯電話事業参入の話は、果たしてBloombergの飛ばし記事なのでしょうか。それとも本当の話がリークされたものなのでしょうか。」と本記事の初稿で書きましたが、提携という形で落ち着きそうです。

しかし、Dish Networkとアマゾンの提携報道に反して、株価は上昇しませんでした。7月26日の終値は7.22ドルで、前日から6.48%下落しています。この下落は、決着の仕方が当初の噂通りではなかった事によると言われています。

さて、2023年7月に入ってからは、AT&TやVerizonに対して、地中に埋まっている鉛でコーティングされたケーブルがにわかに問題視されて来ています。携帯電話事業のDish Networkの動きよりも、環境破壊に関連した訴訟リスクやケーブルの置換えの財務リスクがささやかれてきており、今後不透明な状況がありそうです。

配当金を安定的に受け取れると目論み、安泰と思われるAT&T株を買ったものの、放置できない状況に陥るというのは、変化のスピードや日本と異なる市場環境故なのでしょう。